~この世界を素晴らしく~

本を読み、映画を観て、音楽を聴き子供を育てる。「どこにでもいる誰でもない私」の日常の記憶。

『身分帳』 佐木 隆三

44年の人生のほとんどを刑務所で過ごし、昭和60年に出所する主人公 山川。

 

身分帳(=刑務所での経歴)を時折読み返しつつ娑婆での人生をリスタートしようとする。

 

私生児として生まれ、施設や里親を転々とした生い立ちで、ましてや殺人の罪で服役~出所した山川と私に共通項はこれと言って無い。

 

他人に迷惑をかけず、受けた恩義には心から感謝しつつ曲がった事には決して納得しない彼の性分はおそらく同世代(戦中生まれ)であろう自分の父親を連想させる。

 

そしてこの「曲がった事に納得しない」性分こそが彼の人生の全てを決定づける。

 

服役中の看守からの不当な扱い、出所して関わる世間との軋轢。

「たとえ服役囚、前科者だとしても自分には全うに扱われるべき権利がある。」

納得しない山川は決して折れない。看守に盾突き、役所の窓口では自らの主張をまくし立てる。その結果訪れる報い(懲役追加、世間からのぞんざいな扱い)でさらに損をする。

 

自らの立場を棚に上げ、権利や正論を正義と信じて疑わない。どうもこの性分は自分の父とその気質を受け継いだ私自身にも多分に思い当たる節がある。

 

父も私も自分の主張を家族や他人に浴びせかける事が多々あるが、他人の論に耳を傾け、ましてやそれを受け入れた経験など皆無に等しい。

 

さらに悪いことに自分の意見が他人に受け入れられないとその理不尽さにイライラして自分を抑えられなくなる。

 

山川はこのイライラを抑える事が出来ずに暴行、暴言を繰り返す。

 

自らの正論を信じて疑わなかった山川が身分帳を読み返しながら過ちの原因(性分)に気づき始めるあたりで読み手の私も自らの欠点を思い知らされる。

 

山川と違い、これまでの40何年の人生をずっと娑婆で生きてきた普通の人間ならこの世が理不尽と矛盾に満ちているなんて当たり前に分かっているはずなのに。

 

どうしてそんな当たり前に気づけない程自分は愚かなのか。

 

半ばあきらめつつもこんな自分を受け入れてくれる家族に感謝しつつ、己の愚かさを記し気づかせてくれる”心の身分帳”を無くさずに持ち続けなければ。

 

身分帳 (講談社文庫)

身分帳 (講談社文庫)