~この世界を素晴らしく~

本を読み、映画を観て、音楽を聴き子供を育てる。「どこにでもいる誰でもない私」の日常の記憶。

『 i 』 西加奈子 感想

 

 

i (ポプラ文庫)

i (ポプラ文庫)

 

 

 

『十歳までに読んだ本』に書かれていたエジプトのミイラにまつわるエピソードが印象的で、また去年に又吉直樹の著作を何冊か読んだ際にお勧めの作家として西加奈子の名前があり、気にはなっていたのだが読むタイミングが無くしばらく経ってたまたま表紙が気になって手に取った本の作者が西加奈子となっていたので読んでみた。(その特徴的な表紙も作者本人によるものらしい。)

 

初めて触れる作者の作品はやっぱり新鮮だ。物語の予想がつかない。

 

気に入った作者の作品はいくつか読むうちに主人公の性格だったり、登場人物のパターンや作品そのもののテーマがある程度予測できる中で「今回はどんな話だろう?」と楽しむものだが、初めての作者の場合はそうはいかない。

 

主人公の設定や登場人物の性格、セリフ言い回しや文章表現の仕方など一つ一つが新しい出会いでそれらが自分に違和感なく入ってきたりすればなおさら新しい出会いを楽しむ事が出来る。

 

実はこの本の場合は最初に紹介される主人公“アイ”の経歴が特殊で(シリア産まれでアメリカ人と日本人の両親に育てられた養子で日本の高校に通う、名前はワイルド曽田アイ)上手く物語に入り込めるか不安を感じながら読み始めた。

 

しかし作品がアイデンティティをテーマとした物語で、(だから主人公の名前はアイ)自らの拠り所のない立ち位置を表現する為なのだと分かったらこの複雑なアイの生い立ちも理解する事が出来た。

 

彼女は世界の不幸なニュース(戦争、震災、事故や貧困など)に触れるたび「何故自分ではなく彼らが悲惨な目に合い死ななければならないのか?」と負い目のようなものを感じている。

 

惜しみなく愛情を注いでくれる両親に対しても「血のつながらない自分はいつか必要とされなくなるのでは?」と恐怖を抱えながら成長期を過ごす。

 

移り住んだ日本では自分を異質な存在と認識してより孤独を深めていく。

 

そんな彼女が高校時代に耳にした「この世にアイは存在しません。」という言葉が自らの存在意義に疑いを持ち続ける一人の女性の物語のキーフレーズとして繰り返される。

 

孤独なアイの物語に取り上げられるのは貧困や戦争など、世界に存在し続ける不幸についてでもあり、またLGBT不妊の問題など個人についての現代的な問題もテーマになっている。

 

シリアとは何の関係もない私でも(日本では極端に少ない)シリア内戦についてのニュースや難民を報じるニュースを見ると「何故こんな不幸が存在するのか?」と思いながらもそんな現実にただ胸を痛める事しかできない自分に嫌悪感を覚えるという経験が少なからずある。

 

そして日本人として日本で青春時代を過ごした人でも「他人と違う自分」や「普通になれない自分」といったことで悩んだことはあるだろう。

 

だからアイが抱える孤独に共感することができるし彼女の場合はその孤独が私のものよりさらに深いものだろうと想像することができる。

 

そして彼女の孤独を癒し、アイデンティティという自分の意味を手に入れる為に重要なのが友や恋人などの他人と心を通わせる事というのも自らの経験を振り返っても共感できる部分だった。

 

「この世にいてくれるだけでうれしいと思える人の存在が私もこの世に生きて良いのだと教えてくれる。」

 

この本は私にそう言ってくれているようだった。