『羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季』 ジェイムズ・リーバンクス
イングランド北西部、有名な景勝地でもある湖水地方で代々続く牧畜業(羊飼い)を営む著者の綴った本。
湖水地方の四季に分けられた章ごとに羊飼いの日常と作者の半生を織り交ぜながら伝統的な羊飼いとして生きる事の誇りを説く。
数百年続く営みを受け継ぐ羊飼い達の生き方は現代のグローバルな資本主義的価値観とはかけ離れた存在だ。
いや数百年変わらない価値観を持ち続けている羊飼い達に対してその価値観を変え続けてきた社会の方が彼らの側から離れて行ったと言うべきか。
しかしそんな現代社会とは対極な羊飼いの生き方が私の心を引き付けるのはなぜだろうか。
学校の教師達が必死に訴える現代的価値観を心の底から否定しながら育ち、自らの父についても”世界中の大富豪から人生を交換してくれとせがまれても、父は断るにちがいない”と言い切る生き方は「向上心や成功」といった現代に生きる人間にのしかかる強迫観念に対するアンチテーゼなのかもしれない。
過酷な労働条件や厳しい自然に囲まれ、汗と泥と羊の匂いにまみれて生きる地に足の着いた人生の物語はものすごいスピードで価値観の平均化が進んでいる世界にも「ここではない何処か」があることを教えてくれているようでもある。
変わり続けた社会の価値観の変容を遡れば彼らのような生き方はごくありふれた生き方だったはずが今ではものすごく貴重なものに思え、そして失ったものを持ち続ける彼らに対する強い憧れを感じさせる。
成功する事に囚われて浮つき続けた私の心は、求めた成功とはかけ離れたところで悩み続けている。見失ったものさえ分からない私にこの本は誇りをもって生きる事の大切さを気づかせてくれる。そしてその人生の誇りはきっとここではない何処かではなく、自分の人生の足元にあるはずと言うことも。